死後の世界は無限の多様性と豊かさに溢れる世界です。
そして、人知の及ばない所の多い世界だと思います。

僕は、様々な記事で「死後は人格相応の世界へ行く事になる」とお伝えしています。

それで、今回の記事では、死後の世界はどのようなものか?について書いていきます。

死後の世界(霊界)はどのような仕組みなのか?

まずお伝えする必要があるのは、死後の世界はこの世のような、一つだけの世界では無いということです。
様々な世界が無数に存在していて、お互いにリンクしあっているのが実情でしょう。

それで死後の世界の大部分は人間の脳で認識できる範囲を超える概念・生活様式で成り立っていますので、この記事で解説できるのは、「地球圏世界」と僕が呼ぶ世界についてです。

ここは地球人的自我を持つ人達が死後に辿り着く、地球での生活に似た営みをしている人達の世界です。

そして、まず始めにお伝えするのは、普通に常識的な生き方をしてきた人たちが辿り着く世界です。
(ただ、後に解説させて頂きますが、この常識的な世界でもさらに世界が分岐していて、住み分けがなされています)

平たくお伝えすると、この世界は常識(地球人的自我)から解脱するためにあります。

住む家、生活様式は個人の慣れ親しんだものになり、住民は仕事する人もいれば、そうでない人もいます。
地球に住んでいた時に精神構造が仕事に依存したものであれば、地球と同様の形で仕事をすることになるでしょう。
例えば、仕事が大工であれば、同様の精神構造を持つ同僚と共に家を建て、家を注文するお客さんも同様に家を買うという「資本主義」に依存した考えを持つ人々です。

万事がこの通りで、地球とあまり変わらないような世界が形成されています。

ただ、違う点があるのは、所々、地球での生活と違う部分が用意されているということです。

例えば、地球と同様にテレビなどがあるのですが、そのテレビの放送内容の中に「超常的な力を発揮する人達」が頻繁に現れます。手から火を出したり、空を飛んだり、自身の分身をつくったりなど、内容は様々です。

他にも、身近な住人の中にも超常的な力を持つ人が多くおります。

これらの人達を観て、初めはそこの住民は驚きますが、しだいに超常的な力と接することになれていきます。
これは地球人的自我を脱するための一つのきっかけとして用意された出来事です。

そもそも、この世界のテレビなどで超常的な力を発揮する人達の中には、その世界とは別の世界(ある種、上の世界)から来た人達が多く混じっています。

そして、「自身も超常的な力を発揮できるのではないか」と思い、そのための方法を模索しはじめます。
その結果、地球の生活では思い至らなかったような、イメージによる具現化や、精神統一による能力の発揮などの概念を知ることになり、徐々に、地球人的自我を破るきっかけを掴むことになるでしょう。

また、地球人的自我を大きく破った場合、地球での生活と少しかけ離れた文化を営む世界へ行くことになります。

上記の「超常的な力を発揮する人達をちらほら観る」というのは一例であり、他にも様々、地球人的自我が破れるようなものは用意されています。
例えば、地球ではあり得ないような大きな生物、言葉を話す神々しい動物、宇宙まで届くかのような山など、様々です。

ちなみに、この世界においても性格に応じた住み分けがされているのが特徴です。

優しい人は優しい人に囲まれ、冷たい人は冷たい人に囲まれる

地球での暮らしは様々な性格を持つ人が共に生活していました。
そのため、優しい人は冷酷な人に利用されることも多かったのですが、地球圏世界においてはそのような部分が少なくなっています。
極めて自然に、優しい人は優しい人に囲まれ、冷たい人は冷たい人としか関わりが難しくなってきます。
というのも、優しい人からすると冷たい人に見た目の印象から大きな違和感が生じ、同時に、冷たい人からすると、優しい人の前だと、どこか居心地が悪くなるのです。
ある種、これは人に対して冷たくした罰のようなもので、優しい人から遠のき、同様に冷たい人達との関りの中で反省のための学びをすることになります。

これだと冷たい性格を持つ人が可哀想なのですが、この世界の優しい人は冷たい人まで包み込めるほどの優しさは無い事が多いゆえにそうなっているだけでもあり、その冷たい人はこの世界よりも高次の存在により見守られています。
なお、同様に、優しい人達のほうも見守られています。

このような形になっているので、生活圏は人々の性格によって大きく分かれています。
世界の広さは地球のような物理的尺度で示せるものではありませんが、この世界に住む人達の数は地球よりも遥かに多いです。

ちなみに、多くの人が気になっておられるのは死後の世界の食事事情だと思います。

死後の世界(霊界・あの世)では食事をする人しない人、どちらもいる

食事をする人は料理もしますし、レストランなどでも食事をします。

その一方、食事をしない人達もいます。
これは地球的自我からの脱却に伴い、食事の必要性を感じなくなり、実際に食事をしなくて良くなった人達でしょう。

ただ、食事をせずに生きている人達がいることをこの世界の多くの人は認識していますので、食べずに生きる事を目指す人達も多くいます。
基本的には、この世界の全ての人達は食事をしない方向へと向かっていく傾向があります。

この世での人格向上は死後の世界にて報われる

ざっくりとですが、これらが、地球での一般常識を基にした精神構造を持つ人達が辿り着く世界です。
実は、色彩なども、場所によっては地球では観られないものが多く、地球よりも遥かに美しいです。

それで、優しい人は優しい人に囲まれるとお伝えした通り、この世の人格向上は死後の世界の環境を決めるものです。
優しい人達は善意により成り立つ豊かな社会を形成しており、そこには資本主義のルールが無くなっていることも多いでしょう。また、そもそも、物的な制約なども少なくなり、能力面においてもより自由になっていることも多いです。

逆に、冷たい人は冷たい人に囲まれ、資本主義なり言論なり争いなりで、熾烈な競争を続けていることが多いです。能力面においても地球人価値観に囚われているので、制約がかなり大きくなる傾向があります。
(ただ、その地域独自のルールや力学などが異なっていて、その力学に応じた能力を発揮できることもあります)

以下の記事では、今回の記事に関連して「輪廻転生の仕組み」についてお伝えしています。