世の中を見渡すと、人格の良くない人が多くの物を得ている一方、人格の良い人があまり多くの物を得られていないといったことがよくあると思います。

これらを観ると、世の中はカルマの法則の通りに行っていないのでは、という考えにいたる人は多いでしょう。

なお、上記の疑問点については以下のページでも解説しています。

それで、今回は別の観点から、「カルマの法則以外の法則がこの世に存在している」ということについて書いていきたいと思います。

人間は法則を生み出す存在

人間は自由意志が与えられているのと同時に、法則を生む力も与えられています。
そして、個人の生み出した法則は世界に作用していきます。

例えば、「石の上にも3年」(辛抱すれば報われる)という価値観を持つ人がいます。

すると、その人が会社の社長であった場合、無自覚に、社員に対して何かの辛抱を要求することになるでしょう。
そして、会社全体の風土は忍耐をベースにしたものになっていきます。
(実際は社員も何らかの法則を生むので、その限りではないと思いますが)

これは家庭においても同様でして、親が持つ価値観はその家庭の法則を生みます。
さらには、国全体においても同様であり、その国の国民が持つ価値観や、その国を観る他の国々の人が持つ意識が、その国に対して法則を生んだりします。

このように、人間には法則を生む力があり、それはカルマの法則と混在しています。
そのため、一見、カルマの法則では説明のつかない出来事が起こっていくでしょう。

ただ、この後に解説させて頂きますが、カルマの法則は、法則を生むゆえの報いを人間に与えています。
それゆえに、カルマの法則による影響はある種、絶対的なものと言えるでしょう。

自身が生み出した法則の”合理性”を点検する報い

人間が生み出す法則というのは未熟で不完全です。
引き寄せの法則などもその一つでしょう。

なお、引き寄せの法則は「願い続ければ叶う」「意識に相応した物事を引き起こす」といったものが一般的な解釈です。

なぜ、僕がこれらを不完全と言うのかというと、道理に照らし合わせた時に明らかに不完全だからです。

動画にもありますが、日本の総理大臣など1人しかなれないような立場があり、多くの人がそれを望んでいても、実際になれる人は少ないです。
そうである以上、引き寄せの法則による「願い続ければ叶う」という考え方は、明らかに、不完全性があると言えるでしょう。

そのため、その法則に不完全性がある分だけ、カルマの法則により、【その法則の”合理性”を点検するための報い】が与えられます。

その過程で、自身が信じているこの法則の良し悪しを様々な困難や成功を通じて、知ることになるでしょう。
この場合、「引き寄せの法則により全てが叶う」と拡大解釈をしていた場合、どのような側面において、自身のその考えは誤っていたのかを、うまくいかない出来事により知ることになります。
ただ、その一方、何らかの成功体験により自身の考えの良い面も知ることになるでしょう。

それで、引き寄せの法則に関して言えば、上記のことをもって「全く作用していない」とは言えません。
むしろ、僕は、様々な部分において、引き寄せの法則らしきものは働き、また、それはカルマの法則とも連動していると考えています。

引き寄せの法則が実際に働く部分

例えば、子供は幼少期に親から愛情のあるスキンシップを多く受けていると、自身の精神世界の中に《人間とは優しい存在である》といった価値観が生じます。
すると、その子がそのまま育てば、その子は実際により多くの人から優しくされるでしょう。
また、その子と接する人は優しくなっていくでしょう。

このように、引き寄せの法則の一般的な解釈である「意識に相応した物事を引き起こす」といったことは実際に起こっています。

さらに言えば、この場合、その価値観を生じさせた分の報いはその子自身、また、その親にも返ってきているものと考えています。というのも、事実、目に見える範囲においてもその子が生み出す結果を、子も親も受け取っているためです。

このように、引き寄せの法則はカルマの法則とも連動しているのが観てとれます。

また、個人の生み出す法則は社会の仕組みを変えていき、より一層、その法則が働きやすくしていきます。

引き寄せの法則を信じる人が社会の仕組みに影響を与える

引き寄せの法則を信じることは、自身の自由意志による選択の自由を信じる事と言えます。
そのため、引き寄せの法則を実践する人が多くなると、より自由度の高い社会がつくられる側面もあるでしょう。

すなわち、それは、実際に引き寄せの法則が働きやすくなる文化的な土壌ができていっているということです。

例えば、隙間時間に気軽に働きたいという人が多くいて、そのような人達が「隙間時間に気軽に働きたい」という願いを持っていた場合、ネット上にそのような人達と仕事の依頼主をつなぐようなサイトが出来たりします。

また、そのサイトを作った人間もまた、自身の成功を願い流行るサイトを作りたいと思って、つくっている事も多々あるでしょう。

このようにして、【願ったことが実現する】という意味で、引き寄せの法則がより一層働きやすい社会の仕組みがつくられていきます。
引き寄せのみならず、個人の生む法則というのは社会の仕組みに影響し、その法則が社会全体においてより一層働きやすくしていくことにもなっています。

この点から言うと、例え、個人において引き寄せの法則の拡大解釈が過ぎていたとしても、全体においてはとても有益な一面もあるのだと思います。
また、いつしか、実際に引き寄せの法則の拡大解釈が、未来には現実のものになる可能性もあるでしょう。
個人の願いの多くが当たり前に叶う世の中になる可能性です。

とはいえ、引き寄せの法則の根底にある発想は、社会の仕組みにおいて問題も生むでしょう。

潜在的願望が世界に影響していく

引き寄せの法則を徹底するということは「他の人の願いは叶わないで欲しい」と潜在的に願うことに繋がります。
いかに、社会がより多くの人の願いが叶うように調整されていったとしても、それでも、限られたパイは存在するでしょう。

すると、当然、自身の願いを叶えるために、他の人の願いは叶わないで欲しい、と潜在的に願うことになるのです。

実は、この人々の潜在的願望は、社会の仕組みを形成するにあたって自然と大きく影響を出していきます。
この場合ですと、少数の人が大きな権力(自由)を得て、それよりも多くの人が権力(自由)を得られない社会の仕組みからは脱却できないでしょう。

ただ、テレビなどのメディアによる統制がされていた時ほどの”権力の一極集中”ではなく、より多くの人に権力は分散していくと思います。
しかし、やはり、必ず、多くの不自由な人を作りだしてしまう社会の仕組みであり、これでは、人類が競争という概念から脱却することは難しいでしょう。

その一方、代わりに、人類がカルマの法則を徹底していった場合は、潜在的願望として「全ての人が恵まれてほしい」と思うようになるでしょう。
というのも、カルマの法則は《自身の行為によって人が恵まれた分は、自身の人格に影響が返り、死後の世界はその人格に相応の世界に行く》という理解が前提だからです。
※ここでは僕の定義するカルマの法則で解説しています。

そのため、社会の仕組みとしては、引き寄せの法則を信じる人よりも、カルマの法則を信じる人が多い方が、より幸せと恵みの多いものになるでしょう。

ただ、カルマの法則を信じる人達ばかりも実際は良く無いと思います。
というのも、記事の冒頭で紹介している【カルマの法則など無い(嘘)と信じる人達が多い理由】というページにも書いている通り、自身の行為による”自身への良い結果”が分かりやす過ぎると、人類は利己的な精神から脱却できなくなります。

そのため、実際は、カルマの法則以外に人間の生む様々な法則が混在している状態が望ましいのだと考えています。