カルマの法則は「自身のした行為が自身や世界に影響する」そのプロセスと言えます。

例えば、動画で解説させて頂いたように

誰かの悪口を言う悪口を言われるであろう人格になる実際に悪口を言われる

といった形で、自身のした行為がまず自身の人格へと影響を及ぼし、その人格による結果を受け取ることになっています。

そのため、自身の現在の人格は過去の行為によるカルマそのもの、と言えるでしょう。

しかし、世の中を見渡せば、明らかに人格に問題のある人が活躍しているケースが多く観られます。

因果応報(カルマの法則)は果たして本当なのだろうか?

世の中では善人が苦労の多い人生を送っているケースは多々観られます。

「人格に自身の行為の影響が蓄積されているといっても、その結果、この世で苦労を招いてしまうのでは意味がないのではないか?」

そう考える方は多いと思います。

この点に関しては、

  • 『物質を超えた絶対的価値』
  • 『前世により出来た人格(カルマ)の影響』
  • 『死後の世界における価値』

などを考慮しないと理解することが難しいと思います。

1 物質を超えた絶対的価値とは?

現状、人間は資本主義の中で暮らしているので、お金が多くある方が幸せだと考えます。
これは資本主義に対する相対的な考え方です。

それがゆえに、「良いことをしたら多くのお金(その他、恵み)をもらえなければおかしいじゃないか」という発想になりやすいのです。

しかし、カルマの法則による見返りのような絶対的価値は上記とは別の話となります。

幸せになるにあたって多くのお金を必要としている状態は、資本主義を超越した絶対的価値の基準に照らし合わせると、貧しい状態と言えるでしょう。

・お金が沢山あるから幸せな人
・お金が少ないけど幸せな人

の二人がいた場合、後者の方が絶対的価値の大きいものを多く得ている状態です。

自転車を例にすると、チェーンに毎日油をささなければいけない自転車と、1年に1回油をさせば良い自転車を比較したら、大部分の人は、1年に1回だけ油をさせばよい自転車を選ぶと思います。
それはメンテナンス性において明らかに後者の方が絶対的価値が高いからです。

お金に関しても同様に、幸せになるにあたって多くが必要な人よりも、少なくても良いと思える人の方が、実質、より多くのものを得ている状態と言えるでしょう。

しかし、それでは、良いことをしてもただただ貧しくなっていくだけなのでは?

と感じても仕方がありません。

実際はそうではなく、「絶対的価値の高いもの」というのは、お金を稼ぐにあたって必要な資質までも含まれます。

そのため、良いことを多くしている人は、働く上での困難を意に介さない強い心・人の意見を聴く素直さ・思考力などが身に付き、結果として、必要な分のお金を得るにいたるでしょう。

2 前世により出来た人格(カルマ)の影響

人間の前世は多数ありまして、それらの経験による自我は、潜在的人格として残っています。
そして、潜在的人格の改善(過去のカルマの解消)のために、良い事をするほどに困難がやってくるケースは多々観られます。

例えば、僕の今世がAで、B、C、Dという前世があった場合、BとCはおおよそ良い生き方をしていて、Dの前世で”善人”を不必要に何人も殺めたとします。
その行為が精神の深部に存在する暗い自我を形成しAという今世においても、認識しづらいほど奥に残っています。
すると、DによるカルマはBとCの”おおよそ良い生き方”で解消されていない場合があり、善人であるAの人生において自身が何らかの犯罪に巻き込まれ死にいたることがあります。

それで、善行というのは「過去のカルマの解消を速める」「より安楽に解消できる」という性質があるため、善行をするほどにこの世で良い事があるというよりは、過去や前世のカルマの解消が速まるために「様々な困難」が起こってくるということです。
ただ、善行(他者を助ける行為)によって引き起こされた困難は、苦労1で前世の過ち10~100が解消できるといった、かなり大目に見られた形でカルマを解消しているのが真実に近いと思います。
この世で一人の人間を救うという事は、前世の一生涯の過ちを償うのと同等の価値があり、それゆえに、人間はいかに過ちが大きくても他者への貢献の価値にこの世で気がつけば大きく前進できます。

しかし、人間的自我(地球的自我)が残っている場合ですと、真の善行を行うほどに前世の過ちの償いを速めることになるので、その分、困難に見舞われやすくなります。

その様をこの世の人間から見れば「良いことをしても報われない」と判断されることが多いのでしょう。

3 死後の世界における価値

このテーマに関しては信じられない人も多いかもしれません。
人間がこの世を去れば、次は、この世で作りあげた人格(精神構造)が反映された世界に行くことになると僕は考えています。

それゆえに、この世における人格は『死後の世界での恩恵』を示しています。

そのため、この世で物的に繁栄した人間であっても、人格を汚してしまった場合、死後の世界は貧しいものになりがちです。

また、この世で物的に貧しかった人間であっても、人格が素晴らしいものになっていれば、死後の世界は想像以上に豊かなものになるでしょう。
(人格が素晴らしいものになるという事は、物的貧しさに対する劣等感・辛さなどをあまり感じなくなるという事も意味していて、また、必要なタイミングで自由にお金など物的恩恵を受けることができることも意味しています)

カルマの法則(因果応報)の真偽

以上の点から、自身の行為により自身の人格に変化が出ることは因果応報として正しいと僕は考えています。

ちなみに、「カルマの法則は嘘」「カルマの法則は本当」どちらの考えであっても、目の前の出来事に対して真剣に取り組むことの大切さは変わらないでしょう。

仮に、カルマの法則は嘘と考えている人であっても、周囲の人に優しく、目の前の出来事に真剣に取り組んでいたのであれば、法則が真実であった場合に大きな恩恵を受ける結果になると思います。