世間では「優しい人は損をする」と言われることも多いのですが、これは本当なのでしょうか?

今回は『優しさの価値』についてお伝えしていきます。
そして、結論からお伝えすると、優しければ優しいほど人は報われると言えるでしょう。

では、なぜ、優しいほど人は報われやすいのかについて書いていきたいと思います。

優しさの定義

優しさとはとても曖昧な概念だと思います。
人は、優しさとは正反対の、相手を傷つけるだけの行為を優しさとして捉えてしまうこともあるほどです。

考える上でも、定義をしなければ始まりませんので、まず優しさを僕なりに定義してみます。
すると、優しさとは『相手のためを思って、相手にとって必要な何かを与えようとする行為』となりました。

以降、この定義に沿って書いていきたいと思います。

優しさには具体的な行動が伴いやすい

優しさは曖昧なものかもしれませんが、実際は、優しさにはつねに具体的な行動が伴いやすいです。

例えば、相手のためを思って、相手の荷物を持ってあげたとします。
この場合、優しさに「相手の荷物を持つ」ということが伴っています。

他には、相手のためを思って、相手に料理を作ってあげたとします。
この場合、優しさに「料理を作る」ということが伴っています。

このように、人間が優しくあろうとした時には、何らかの具体的な行動が伴うことは多いです。

もちろん、具体的な行動が伴わない優しさもあります。

相手の幸せを願う、というのは具体的な行動が伴いません。
ただ、この場合においても、実際はその思いの分だけ、この先に具体的な行動となって現れるのが事実と思いますが、今回はこれについては掘り下げないようにします。

今回は僕の優しさの定義である『相手のためを思って、相手にとって必要な何かを与えようとする行為』に沿って、話を進めていきたいと思います。

優しいことにより、相手を助けるための能力が増す

上記の点により、優しさの質が上がるほどに、相手に与えようとする行為の質も上がるということが言えるでしょう。

これは、優しいことにより、相手を助けるための能力・性質・物などが増えていくということです。

例えば、母親の家事の手伝いをしている内に、家事を一通り覚えて、母親をより一層手伝えるようになったり、物の整理整頓などができるようになったりすることがあります。
また、上記のような具体的な技術だけではなく、相手のしてほしい事をやる(気配り力)なども育っているのが実際と思います。
これは、優しさにより自身の能力が上がった一つの例でしょう。
それらは他の人に対しても通用する大きな能力であるのは間違いありません。

今後の様々な場面で通用する力を、優しさにより得た、ということは、優しさにより多くの恵みを受けたということになります。

それだけではなく、さらに、優しさが報われやすい大きな理由があります。

優しさには洗練されていく性質がある

優しさとは「相手にとって必要な事が何かを考え、それを与えようとする行為」と言えます。

そのため、自身のアイデアが相手を助けていることにならなかった場合、他のアイデアを試すようになっています。
優しさを追求する限り、そうなるでしょう。

例えば、教師をしていて、子供たちにとって良い教え方を模索しているとします。
Aの教え方をしていたけれども、それだけではダメだと気が付き、Bの教え方を始めました。
それがうまくいった場合、これは、その教師が子供達により必要なものを与えられるようになったことを意味しています。

このように、優しさを追求する限り、より良い答えに辿り着くことになるでしょう。

また、その事によって、その教師はより賢くなり、その賢さの恩恵をその後の人生で受けるでしょう。

この点においても、優しい人は報われると言えます。

さらに、そもそも、僕達の世界では優しい人が報われやすい理由があります。

社会は人と与え合うことで成り立っている

僕達の住む世の中は人と人が与え合うことで成り立っている面が多いです。
これは「人が人に何かを与え、そのお礼として何かが返される」ということです。

仕事などは分かりやすい例でしょう。

雇用主に何かを与え、その対価としてお金を受け取るのが仕事の仕組みです。
自営業においても、お客さんに何かを与え、その対価としてお金を受け取ります。

そのため、優しさを追求することで、人に何かを与えることが苦でなくなっていたなら、仕事そのものも楽になるということです。仕事での幸福度は増し、ストレスも減るでしょう。

さらには、優しさを追求するほどに、その人は誰かを助けるための能力が上がっている状態です。
そのため、仕事での成果も上がりやすくなるでしょう。

もちろん、仕事の選び方しだいでは、優しくなればなるほど合わなくなる職場もあるかもしれません。
例えば、その会社の社長が良心に反することをやっていて、社員はそれをやらなければいけないなどです。

ただ、全体としては、明らかに優しい人の方が報われやすいのがこの世の中の特徴でしょう。

また、それだけではなく、人間関係においても同様です。

優しい人は人間関係でも幸せを掴める

人間とは誰かから優しくされたら、優しさで返したくなる生き物だと思います。
おそらく、優しくされたから仇で返そうというのはかなり少数派ではないでしょうか。

そのため、優しさを追求する人は、身の回りの人にも何かを与え続けるので、その相手から何らかの良いものが返ってきます。
このように、その人間関係の中で、優しさの交換のようなことが起こります。

これは人間が本質的に幸せと感じるものなので、人間関係の幸せという意味でも優しい人は報われると言えます。

このように、社会全体において優しい人は報われやすいと言えるでしょう。

ただ、世間で「優しい人は損をする」と言われる事にも理由があります。

優しい人が損をすると世間では言われる理由

僕の定義での優しさは『相手のためを思って、相手にとって必要な何かを与えようとする行為』なのですが、世間での優しさの定義は違うと思います。

例えば、人から不当な仕打ちを受けて、我慢して何もしないことであったり、自身の優しさ(やっている事)は実は相手がして欲しくないことであったりです。

この場合、僕の定義がすれば、それは優しさではない場合も多々あります。

また、多くの人は自分は「優しい人間である」と認識している傾向があるのですが、実は、これが少し違っていることも原因の一つかもしれません。

ここで言う優しい人間とは、他の人に、より多くの必要なものを与えようとする人ですので、我慢すること・人に対して常識的な態度をとるだけであれば優しい人間とまでは言い難いでしょう。

道理からすると、多くの場合、『与えようとするよりも、他の人から受け取ることの方が遥かに多い』という状態であることが多いです。

例えば、ネットから情報を得る場合、それは多くの場合、人は無料であるかのように扱うと思います。
ネットで動画を観る場合なども、それは無料であるかのように扱う傾向もあるでしょう。

その結果、受け取り癖のようなものが出来てしまい、その正反対である、「人に与える」といった事からかけ離れた状態になってしまいがちです。
人生を変えたいと思っても行動できない人が多いのは、この受け取り癖にも原因があるのでしょう。

このように、総合的に観ると、世間で言われるような優しい人間は、本質的な意味で優しい人間にまでは到達していないのが事実であり、それがゆえに、優しさの恩恵を受けるにまで至っていないのだと思います。

ただ、優しさを追求するのに遅いということは無いのだと思います。
過去、カルマの法則でもお伝えしてきたように、過去の10の行為の悪影響を引きずっていたとしても、今の優しさによる行為はそれを遥かに上回り、100や1000の良い影響を自身に与えることができるのが事実なのでしょう。

カルマの法則は常に良いことの方を大きく評価してくれると僕は考えています。

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