人生において、一人の思想への依存は断ち切られやすいです。

仮に、その思想が真実であったとしても、その依存を断ち切るための困難は生じてくるでしょう。

今回の記事では、一人の思想だけでは全てを知ることはできない、という内容についてお伝えいたします。

真実は無限であり、一人の人間が語りつくせるものではない

言葉とは絵画の内容を詳細に伝えることすらもできないほどに粗いものです。
同様に、情報というのは形になった途端に、真実とはかけ離れたものになるでしょう。

そのため、一人の思想が完全に正しいということはありえないのです。

それゆえに、人間を真実へと導いていくカルマの法則は、一人の思想への依存があるならばその依存を断ち切るための困難を生じさせていきます。

それらを乗り越えることにより、人間は、何にも依存しない強い自由意志の力を得ることができます。

思想への依存を断ち切るための困難とはどのようなものでしょうか?

依存対象に対して疑問を持つような出来事が起こる

宗教などで、「教祖の人格に歪みが生じ、それを観た信者達が目を覚ましていく」などのプロセスは昔から頻繁に起こってきています。
もちろん、宗教のみならず、ネット上のあらゆる情報発信者や、その情報を受け取る多くの人に対して、これらのプロセスは起こり続けています。

このように、情報発信者の人格に歪みが生じ、それをきっかけに信者が「この人の思想は何かが間違っているのではないか?」と疑問を持つことはよくあります。
人間達が真実(道理)を学ぶことができるように、カルマの法則により作用しているものです。

そのため、情報発信者の人格に歪みが生じているほどに、その情報の間違いは多い、ということが言えるでしょう。

なお、人格の歪みの判断基準については、取り扱うと膨大な論証が必要になるテーマですので、今回は取り扱わないようにいたします。(おおよそで把握するなら、一般的に、人格の歪みの判断基準は良心による感覚が基になっていると思います)

しかし、仮に、その情報発信者の思想が真実であったとしても、その思想への依存は断ち切られる結果となるでしょう。

真実は正しくても、《そこに依存する自身の態度は正しくない》という事実

学校のテストでは答えさえ合っていれば点数をもらえることがあります。
しかし、人生はそうではありません。
答えを自身で導き出す力を身に着けることまでが出来てこそ正解になります。

真実(答え)を教える人がいたとしても、その真実に気を取られて、その中間にある因果関係を自力で理解することを怠れば、それは依存になってしまうのです。
すると、その依存を断ち切るために「自身の無知や心の弱さ」を知るための困難が生じます。

分かりやすい例でお伝えすると、「神は自分を救ってくれる」と盲目的に信じるほどに、より多くの困難が訪れやすいことがあります。
人から騙されて財産を失ったり、人間関係で大きなトラブルがあったりなどです。
これは、その神に対する依存がゆえに、自身がやるべきことがやれていないゆえに起こっています。

神がいるというのはある程度、真実だと僕は考えていますが、神がいるからといって目の前の現実から目を背けるのは間違いだと思います。
そのため、人間を成長へと導くカルマの法則は、目の前の現実に目を向けさせるべく、自身の問題点を洗い出すための困難を生じさせていくでしょう。

財産を失う場合ですと、自身の問題点は「欲を出しすぎる性質」などにあり、本来は、神に意識を向けるよりも、自身の欲を律することに意識を集中したほうが良かったことを示します。

他にも、そもそもとして『一人の思想のみを信じること』の問題点もあり、カルマの法則はそれらを解消していこうとしています。

一人の思想を信奉すると、他の人の意見や情報を参考にできなくなりがち

一人の思想で語りつくせるほど真実は狭くはありませんので、そもそも、一人の思想だけを参考にする態度は真実に見合わないでしょう。
ただ、他にも、大きな問題があります。

一人の思想を信奉したことにより、他の人の意見が聞けなくなるといったことです。

これはかなり大きな問題でして、「遠くにいる人を尊敬するばかりに、身近な人を尊敬できなくなる」といった事がよくあります。
よく本などで自己啓発分野の知識などを得たゆえに、身近な人がダメ人間であるかのような錯覚を持ってしまうことがあるのですが、こうした事が起こってしまうのです。

真実を観れば、本を読む自分だからこそ、本を読まない身近な人からの意見を参考にする方が賢い状態になれるのですが、本の著者を尊敬するばかりに、身近な人からの意見を切り捨ててしまうことがあるのです。

身近な人ほど自身のことを良く知っていますし、身近な人を通じてカルマの法則もヒントをくれますので、本の著者以上に、身近な人を尊敬し耳を傾ける方が望ましいのは間違いありません。

一人の思想に対する依存を避け、自身に対する反対意見を聴くほうが、より良い結果に到達できるでしょう。
カルマの法則がより広い視野が得られる方向へとサポートしてくれるからです。