世間的には不倫に対して厳しい意見が多いでしょう。

摂理からしてみても、不倫に対しては、
それほど良い事では無いと判断しているのは事実です。

結論から言うと、エゴを駆逐し、
精神進化をかなりの段階まで遂げた人であれば、不倫をする人間はいないでしょう。

しかし、

『既婚者の恋愛が絶対に悪い』と判断している人もまた間違いであり偏見を持っています。

その偏見を持ち続けた場合では、未来には、
自身が不倫をして責められる立場になることで、その偏見部分が解消される必要があるでしょう。

不倫が絶対的に悪いとラベルが貼られているのはあくまでも人間的常識の範囲内です。

その常識すらも一夫多妻制、一婦多夫制の国が他にあることからして普遍のモノではありません。

摂理からすると、不倫に対しては、他の人間関係と同様の見方をしています。

「どのような動機で、誰に対して、
どのような影響を出したか?」

だけを判断しています。

例えば、

不倫している既婚男性がいたとして、

・その既婚男性はどのような動機で不倫をしているか?

・その男性は奥さんを大切にしているか?
奥さんをないがしろにしているか?

・その不倫相手やその家族はどのような影響を受けたか?
その既婚男性の子供や家族全体ではどのような影響を受けたか?

など、あらゆる角度から、
その男性の行為が出している影響を判断していて、その男性の人格(カルマ)に反映させています。

比較的に良い動機の不倫の場合ですと、
既婚男性が体の弱い女性を助けたことをきっかけに、奥さんの負担にならない程度に、
相手への支援を続けている内に愛情が芽生え、本能に少し負けてしまったために肉体関係を持ってしまい、結果的に、不倫になってしまった。

といった場合ですと、
その動機と行為に相応しい愛情深さや世話焼きな性質などが得られ、それは摂理からの本質的な報酬と言えます。

同時に、愛情深い反面、理性が弱く、本能や情に流されやすい性質が人格にさらに加わり、それは摂理によるペナルティにもなっています。

奥さんにそれらの関係がばれてしまった場合では、
良い動機であればあるほど、最終的には、
本質的進化のための気づきが関係者全員に最善の形でもたらされるよう導かれます。
(奥さんの方にも相応の課題点があるために、夫の不倫という出来事が発生しています)

このように摂理は不倫の中身を、
無限に細かく判断をした結果、その行為に対する埋め合わせをしています。

ですので、不倫が絶対的に悪いと判断しているだけでは、偏見(無知)を持ったままになってしまい、
いつしかその無知を無くす必要があるでしょう。

摂理は人間に対し、不倫関係から何か学びが得られるからこそ不倫という出来事を起こします。
そして、学びが得られる内は、
その関係は必要なモノとして維持されることになるでしょう。

また、人間には動物的肉体を持つがゆえの動物的本能があります。
不倫は動物的本能上、起こりやすくなっています。

精神進化にあたってこの世がトレーニングの場になるよう、本能を抑制し精神(良心)を優先できるか試される機会を何度も経験できるようになっています。

実際の所、不倫を全くする可能性が無いというほどに、精神が洗練されている人間は限りなく少ないです。

不倫に偏見を持つ人々も、
不倫に流されてしまうような場面に出会っていないだけであり、
あらゆる環境的条件が揃えば、不倫をしてしまうという点で、摂理は同等に判断しています。

そのために、不倫をする人に対し、
今はまだ不倫しなくて済んでいるだけで優越意識を持ってしまうとそこが無知(エゴ)になってしまうのです。